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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)1340号 判決

債権者 帝都高速度交通営団

債務者 田中幸次郎 外四五名

主文

債権者において、保証として、債務者等のため共同して金弐千万円、またはこれに相当する有価証券を供託することを条件として、

(1)  債務者田中幸次郎は、別紙〈省略〉物件目録及び別紙図面表示の(一)の建物から退去して、

(2)  債務者田中とし、(3) 債務者株式会社マコトヤ洋服店は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(5)  債務者有限会社山下書店は、同じく(二)の建物から退去して、

(4)  債務者山下重之は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(7)  債務者株式会社稲葉商店は、同じく(三)の建物から退去して、

(6)  債務者稲葉隆は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(9)  債務者株式会社京屋洋品店は、同じく(四)の建物から退去して、

(8)  債務者浦野敏三は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(11)  債務者株式会社美鈴商店は、同じく(五)の建物から退去して、

(10)  債務者岩波次郎は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(12)  債務者丸山富雄は、債権者に対し、同じく(六)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(13)  債務者大竹常は、同じく(七)の建物から退去して、

(14)  債務者小島屋乳業製菓株式会社は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(16)  債務者有限会社ボルガは、同じく(八)の建物かち退去して、

(15)  債務者高島茂は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(18)  債務者廖閑妹は、同じく(九)の建物から退去して、

(17)  債務者廖玉瑞は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(17)  債務者廖玉瑞(18)債務者廖閑妹は、同じく(十)の建物から退去して、

(41) 債務者王礼は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(17)  債務者廖玉瑞(18)債務者廖閑妹は、同じく(十一)の建物から退去して、

(42) 債務者李泰生は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(20)  債務者有限会社はる は、同じく(十二)の建物から退去して、

(19)  債務者関根春清は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(43) 債務者高久明は、同じく(十三)の建物から退去して、

(21)  債務者張阿定は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(24)  債務者石田五郎(25)債務者有限会社タイガー製菓は、同じく(十四)の建物から退去して、

(23)  債務者穴沢忠善は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(27) 債務者有限会社新宿一平は、同じく(十五)の建物から退去して、

(26)  債務者斎藤八重吉は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(28)  債務者佐野明夫は、同じく(十六)の建物から退去して、

(44) 債務者陳維謙は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(30)  債務者黄彩雲は、同じく(十七)の建物から退去して、

(22) 債務者王鳳文は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(30)  債務者黄彩雲は、同じく(十八)の建物から退去して、

(29)  債務者黄生(45)債務者張瑞祥は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(31)  債務者殿生文男は、債権者に対し、同じく(十九)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(46) 債務者有限会社上越は、同じく(二十)の建物から退去して、

(32)  債務者今井英二は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(33)  債務者高清貴は、債権者に対し、同じく(二十一)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(35)  債務者小池製菓株式会社は、同じく(二十二)の建物から退去して、

(34)  債務者小池寅吉は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(36)  債務者黄玉火は、同じく(二十三)の建物から退去して、

(44) 債務者陳維謙は、右建物を収去して、

それぞれ債権者に対し、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(47) 債務者柳川かねは、債権者に対し、同じく(二十四)及び(二十五)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(39)  債務者郡司雄介は、債権者に対し、同じく(二十六)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明け渡すべし。

(40)  債務者英鎮は、債権者に対し、同じく(二十七)の建物を収去して、別紙物件目録及び別紙図面表示の右建物の敷地を明渡すべし。

訴訟費用は、債務者等の連帯負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一本件土地に対する賃借権の存否について

(争いのない事実)

債権者が、その主張のとおりの公法人であること、債権者が、昭和十九年三月十五日、東京都から本件土地を含む一筆の土地を買い受け、同月二十九日、その旨の登記を経たこと及び債務者等のうち、建物所有者たる債務者が、本件建物を所有して、建物占有者たる債務者が、本件建物を占有して、それぞれ本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

(賃借権の存否)

債務者等は、「建物所有者たる債務者、別紙一覧表(一)記載の債務者については、同表記載の前主あるいは前々主において、債権者の代理人である安田朝信から、本件土地を、建物所有の目的で賃借し別紙一覧表(一)記載の債務者においては、右賃借権を、同表記載の前主(あるいは前主を経て前々主)から承継し、承継につき、同人の承諾を得た。」と主張するけれども、債務者等の挙示援用する全疏明によるも安田朝信が、債務者等主張の代理権を有していたことを肯認することはできない。以下、これを詳説する。

(一)  法定の組織と機構を有する公法人である債権者が安田朝信に対し、本件土地の賃貸借契約の締結、または、その賃借権の承継の承認につき、とくに委任することを必要とした特段の事情については、何ら疏明がなく、また、債務者等の主張するところによれば、委任の土地の範囲については、単に本件土地に限らず、広く、債務者所有の一筆の土地の全部に及び、本件土地は、そのうちの一部にすぎないこととなり、委任の期間も従前の土地の建物の売却当時に限らず、その後少くとも数年間に及ぶこととなるのであるが、債権者が安田朝信にこのような広い、かつ、相当長期にわたる委任をあえてしなければならなかつた特段の事情は、窺うことができない。

(二)  また、仮に、債務者等の主張するように、安田朝信が、債権者の代理人であるとすれば、同人の収受した金員は、少くともそのうちの一部は、債権者に入金されていて然るべきに、そのような入金の事実も、全く見られない。

(三)  従前の建物の建築の経過

安田朝信(いわゆる安田組)が、昭和二十一年頃、当時空地となつていた本件土地に、従前の建物(いわゆる安田組マーケツト)を建築したことは、当事者間に争いがなく、文書の方式竝びに趣旨により真正に成立したと認める甲第十二号証の二、証人堀内春宗の証言(第一回)によりその成立を認めうる甲第二十五号証、第五十六号証及び証人堀内春宗の証言(第一回)によれば、

(い) 安田朝信は、本件土地が、運輸省鉄道用地であると誤認して、東京鉄道局新宿保線区用地係に対し、昭和二十一年八月十八日附をもつて、本省から示達があるまでの間、建物の設置を承諾してほしいと、願書を提出したところ、同係も、本件土地を運輸省鉄道用地と誤解して、同月二十八日附をもつて、その承諾を与えたこと。

(ろ) 本件土地に建物を建築しているのを発見した債権者の用地担当職員が、安田朝信に対し、その不当を責めたところ、同人からあらためて債権者に対し、同年九月九日附の書面をもつて、土地使用の目的を、アーケード式仮設建築物の建築敷地に限り、債権者から申出があるときは、何時でも建築物を撤去し、土地を原状に復して返還し、建物を使用して営業している者の損害、その他一切の損害は同人においてこれを処理し、債権者に決して迷惑をかけないから、このまま、土地の使用を承認してほしいと懇願してきたこと。

(は) 本件土地を含め一帯の土地は、東京都が都市計画法に基く土地区画整理事業により、交通に関する駅舎建設用地に充てるため、生み出した土地であり、債権者もその目的のためにこれを買い受けたものであるため、安田朝信の前述の懇請は、もとよりこれを容れることができず、その旨を、債権者の用地担当職員から同人に告げて、その申入れを拒否し、建築に抗議したが当時安田組の勢力が相当強大であつた等のため、債権者としては、それ以上の強硬手段を採らなかつたため、結局、建築が完成する結果となつたこと(安田の不法な土地使用に対し、抗議以上の措置に出でなかつた債権者側の態度が、今日の事態の紛糾を招いたことは、否定すべくもない事実のようである。このような債権者側の態度が、当時の情勢上、やむをえなかつたかどうかの点について、ここでは、もとより言及しない。)

が、一応認められる。右一応の認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、このような事態を目し、債権者が、一時的にせよ安田朝信に対し、本件土地の使用を許したものと見ることはできない。

(四)  もつとも、債務者王鳳文名下の印影は、その成立について当事者間に争いのない甲第六十四号証の同人名下の印影との対照により、その他の部分は、証人堀内春宗の証言(第二回)により、それぞれその成立を認めうる甲第七十四号証の二、各債務者名下の印影の成立について、当事者間に争いがなく、したがつて、その全部について、その成立を認めうる甲第七十三号証の二、第七十六号証、各債務者名下の印影の成立は、当事者間に争いがなく、その他の部分は、証人堀内春宗の証言(第二回)により、その成立を認めうる甲第七十七号証、第七十八号証、第八十号証、第八十一号証、第八十三号証、証人遠藤喜重の証言により、その成立を認めうる乙第四号証から第六号証、証人遠藤喜重、中山孝吉、山崎光雄の各証言、債務者殿生文男(第一回)、今井英二各本人尋問の結果を綜合すれば、

(い) 安田朝信は、従前の建物建築後、直ちにこれを賃貸し、その後、昭和二十二年十一月頃から昭和二十三年の末頃にかけて、これを、建物所有者たる債務者、あるいは、その前主、前々主に売り渡したのであるが、その際、いずれも、みずから本件土地の管理人であると称していたこと。

(ろ) 同人は、従前の建物の売却後も、本件土地の管理人として、昭和三十二年四、五月頃までの間、引き続き、月額当初百二十円、つぎに百八十円、最後に三百円の金員(その実質が債務者等主張のとおりの地代であるかの点は、のちにふれる。)を徴集していたこと。

(は) また、同人は、建物の売買により、その後本件土地使用者に変更があつた際、土地管理人として、その承認の代償として、いわゆる名義書替料の支払を要求し、その支払を受けていたこと

が、一応認められる。したがつて、安田朝信自身が、昭和二十一年八月(従前の建物を建築する当初)から本件建物収去について紛争が生ずるまでの間、本件土地の管理人であると称していたことが、明らかである。

しかして、安田朝信が、かように、みずから管理人であると称していた根拠こそ、まさに、問題とされなければならない点である。

(い) 各債務者名下の印影の成立は、当事者間に争いがなく、証人堀内春宗の証言(第二回)により、いずれもその他の部分の成立を認めうる甲第六十三号証から第六十五号証、第七十号証によれば、昭和二十三年九月債務者穴沢忠善、王鳳文、今井英二、岩波次郎等に従前の建物を売り渡した際の契約書には、本件土地は、安田朝信が、債権者から借り受けたものであるから、その使用について、不当な要求があつた場合には、引き続き、本件土地の使用ができるように、同人において、誠意をもつて、努力すると記載してあるにすぎず、その使用権の存続期間その他の具体的内容については、一言もふれていないこと。

(ろ) 昭和二十五年四月、債務者丸山富雄(前掲甲第七十三号証の二)をして、同年十一月、債務者斎藤八重吉(前掲甲第七十六号証)をして、それぞれ、土地所有者から建物撤去土地明渡の要求があつた場合には、即時無償でこれに応ずべき旨の誓約書を差し入れさせていること。

(は) 昭和二十七年三月、債務者王鳳文(前掲甲第七十四号証の二、但し、右誓約書の建物は、その後これを他に譲渡し、現在、同債務者の所有するものではない。)をして、同年七月竝びに同年十二月の二回にわたり、債務者陳維謙(前掲甲第七十七、第八十号証)をして、同年八月、債務者田中とし(前掲甲第七十八合証)をして、昭和二十九年五月、債務者小池寅吉(前掲甲第八十一号証)をして、昭和三十一年四月、債務者李泰生(前掲甲第八十三号証)をして、いずれも、債権者が本件土地の所有者で、あることを明示したうえ、書面をもつて、前(ろ)と全く同様の趣旨の約定をさせていること。

(に) 前掲甲第七十七号証、第七十八号証、第八十号証、第八十一号証によれば、債務者陳維謙、田中とし、小池寅吉との間においては、とくに、本件土地の使用は、一時的なものにすぎないため、たとえ、地上に建築する建物について、主務官庁の建築許可を得た場合でも、その敷地の使用については、借地法の適用がないことを承認させ、また、普通の賃貸借でないため、地代の請求をしないけれども、土地使用者において「整理費」を支払わなければならないと協定していること

が、一応認められる。しかして、前掲債務者は、もちろん、建物所有者たる債務者の一部にすぎず、その全部をつくしてはいないが、前顕各甲号証の体裁及び本件土地使用関係の画一性(右画一性は、弁論の全趣旨によつて、明らかである。)に照らし、本件土地使用の実態を考察するに当つては、前掲の事実関係は、ひとしく、建物所有者たる債務者の全部に推し及ぼして誤りのないものということができる。しかして、さらに、

(ほ) 証人中山孝吉の証言及び債務者殿生文男本人尋問の結果(第一回)によれば、安田朝信は、その後昭和三十一年末頃、債権者の意をうけて、債務者等に対し、地下鉄建設のため使用する必要があるから、本件土地を明け渡してほしいと申し入れていることが一応認められる。

以上一応の認定にかかる全事実によれば、安田朝信は、従前の建物を売り渡す際には、右売買を円滑に、かつ、同人に有利に進めるためか、本件土地の使用が、一時的なものであることを明示することは、ことさら避けていたが、後には、この点を明示して、債権者から要求があつた場合には、即時無償でこれに応ずべき旨の書面を徴するようになり、最後には、債務者等に土地明渡を要求して、これを裏書きする行動に出ていることが明らかである。したがつて、同人が、みずから、管理人であると称していた根拠が、本件土地の使用を、債権者から一時許容されたと同人において考えた点にあることは、明白なところである。(しかしてまた、前記(い)から(ほ)の事実、とくに、(ろ)及び(は)の事実は、安田朝信が建物所有者たる債務者に対し、一時賃貸をしたにすぎないことを示すものであるといえよう。)

しかして、公法人である債権者が安田の土地使用に対して、一応の抗議をするに止まり、あくまで建築を阻止する手段をとらず結局、同人において建築を完成することができたことは、前記(三)に説示したとおりであるから、同人がこれをもつて、さきに東京鉄道局新宿保線区用地係から許可を得たと同じように、債権者からも、一時使用を許容されたものと考え、他面、本件土地につき同人の地位、あるいは権益を、ことさら有利に誇称するため、(同人に、かかる傾向があることは、弁論の全趣旨によつて、明らかである。)前述の事態を利用し、同人において、本件土地の管理人であると自称したことは、むしろ、あやしむに足りないところといえよう。

しかしながら、債権者において、安田朝信に対し、一時的にもせよ、本件土地の使用を許した事実のないことは、前記(三)に説示したとおりであるから、同人において、本件土地の管理人であると自称していたことは、法律上、なんら根拠のないことが明らかである。したがつて、右の点から、本件土地につき、同人が、土地賃貸借契約締結の代理権限、さらには、土地賃借権の承継につき承認を与える代理権限を有していたことを、推認することはできない。

(五)  証人山崎光雄及び債務者殿生文男本人(第一回)は、いずれも従前の建物のうち一部の建物は、昭和二十七年六月火災により焼失したため、再築され、右再築建物は、本件建物の一部を占めているが、その再築の際、債権者の用地担当の職員堀内春宗から、口頭による承認を得たと供述している。しかしながら、

(い) 債権者は、地下鉄の建設工事にとりかかれなかつた終戦直後の昭和二十一年八月当時において、すでに、建物の建築につき前述のとおり、安田に抗議を申し入れていること。

(ろ) 昭和二十七年六月頃は、すでに第四号線のうち池袋から東京駅に至る区間の建設工事に着手し、したかつて、本件土地における建設工事も、当然に、近い将来のこととして、予想される状況にあつたこと(証人堀内春宗第二回の証言)。

(は) 罹災前の従前の建物は、仮設建築物であり、それすら建築に不同意であつたのに反し、再築建物は、防火地域のため、鉄骨造となつて、(前掲本人第一回尋問の結果)、その構造において、多少なりとも、堅固なものとなつていること

等に照らし、前掲各供述は、いずれも措信できない。

(六)  債務者等は、さらに、前掲再築建物の建築につき、債権者の承認があつたことを疏明する証拠資料として、甲第十二、第十三号証の各一、(いずれも、建築物確認通知書)竝びに、第十五号証の二(建築申請、同許可書)に、「土地所有者との了解のもとに於て、本件、区画整理施行上支障なきものと認む。」と記載されて建築許可が与えられていることを援用する。しかしながら、

(い) 区画整理施行地区内における建物の建築についても、土地所有者の承認が、法律上建築許可の要件とはされていないし、また、右承認が、事実上、必須要件とされているという点については、その疏明がないので、建築許可があつたことから、逆に、土地所有者の承認を推認しえないこと。

(ろ) 前記のとおり、当時、債権者が、再築につき、承認を与えうるような情勢、あるいは事実状態になかつたこと。

(は) 仮に、債権者側の承認を証する書面が、存在するとすれば、債務者等は、なにをおいてもすでに係属中の本案訴訟においてその取寄せを申請し、これを、本件訴訟に提出すべきはずであるのに、その挙に出ていないこと

等に照らし、前掲各書証の記載は、いずれも、債務者等の主張するような事実関係を疏明する証拠資料として、採用することができない。

(七)  安田朝信が、従前の建物の売却後も、本件土地の管理人として、(その法律上の根拠のないことは、すでに(四)において説示したとおり)昭和三十二年四、五月頃までの間、月額当初百二十円、つぎに百八十円、最後に三百円の金員を徴収していたことは、前に、説示したとおりである。しかして、前顕乙第五、六号証、証人遠藤喜重の証言によりその成立を認めうる乙第七号証には、右金員が、地代である旨の記載があり、また証人遠藤喜重、中山孝吉、山崎光雄及び債務者殿生文男(第一回)、今井英二各本人は、これに添う趣旨の供述をしている。しかしながら、

(い) 右金員の額は、各人に均一であり、使用土地の広狭により差異がないこと(証人遠藤喜重の証言、債務者今井英二本人尋問の結果)。

(ろ) 右金員の額は、全体としても、本件土地の時価に比し、著しく少ないのに、(債務者今井英二本人尋問の結果)、しかも、そのうちには清掃料等が含まれており、(証人中山孝吉、山崎光雄の各証言)とうてい、土地使用の対価というに値しない少額であること。

(は) 前記のとおり、安田朝信自身、他方において、右金員を地代と呼ぶことをさけ、ことさら「整理費」と呼んだりしていること。

等に照らし、はたして、これが建物所有を目的とする土地の賃貸借における地代であるかどうか、したがつてまた、安田朝信が、本件土地を建物所有者たる債務者(または、その前主、前々主)に建物所有の目的で賃貸したものかどうか、甚だ疑わしい。(このような低額の地代は、一時賃貸とみるのでなければ、了解できないところであろう。)しかし、この点は、しばらく措くとしても、安田朝信が建物所有者たる債務者(または、その前主、前々主)に建物所有の目的で、本件土地を賃貸したことから、直ちに、同人に、右賃貸につき、代理権限があつたと推論できないことは、多言を要しないところである。

以上詳細に説示したところから明らかなように、本件土地につき、債務者等主張のような建物所有を目的とする賃貸借契約が、安田朝信との間に締結され、また、その賃借権の承継につき、同人の承諾を得たとしても、(現実には、一時賃貸の事実が疏明されるにすぎないのであるが、)これをもつて、その所有者である債権者に対抗できないものというべく、したがつて、建物占有者たる債務者は本件建物から退去して、建物所有者たる債務者は本件建物を収去して、それぞれ債権者に対し、本件土地を明渡すべき義務のあることは、明白といわざるをえない。

第二保全の必要性

債権者が、本件土地の所有権者として、債務者等に対し、その主張するような実体的請求権を有すること前段説示のとおりである以上、債権者の求めるような保全処分が許容さるべきかどうかは、かかつて、その保全の必要性、とくに、本件保全処分を必要とする高度の、緊急の必要性の存否にあると考えられるので、以下項を分つて、この点に関する当裁判所の判断を明らかにする。

(一)  本件土地は、地下鉄道路線の経過地として、必要であるか。

(い)  債権者が、帝都高速度交通営団法に基き設立された公法人であり、地下高速度交通機関の建設竝びにその運営を図るべき公共的使命を負つていることは、前記のとおり、当事者間に争いのないところである。

(ろ)  しかして、証人清水雄吉の証言(第一回)により、その成立を認めうる甲第三十一号証から第三十三号証、証人清水雄吉(第一、二回)及び牛島辰弥の各証言によれば、債権者の建設する地下鉄道路線は、債権者が、任意に、定めうるものでなく、大正十四年内務省告示第五十六号、附和二十一年戦災復興院告示第二百五十二号(一部改正)及び昭和三十二年建設省告示第八百三十五号(一部改正)をもつて、その起終点及び経過地を定められた第一号から第五号までの五路線につき、原則として、都市計画路線に沿つて、敷設するものであること並びに本件土地は、第四号線(起点-省線荻窪駅附近、主な経過地-馬橋、高円寺、本町通、柏木、新宿駅、四谷駅、赤坂見附、永田町、日比谷、東京駅、御茶ノ水駅、本郷三丁目、茗荷谷、池袋駅各附近、終点-板橋区向原町)の経過地を結ぶ都市計画路線の通過地域に該当することが一応明らかである。しかして、本件土地を含む一筆の土地に、地下鉄道路線を敷設することは、戦後、卒然として、決定されたものではなく、前顕甲第五十六号証によれば、すでに、東京都制施行前から、予定されていたものであり、また、証人清水雄吉の証言(第一回)によれば、右土地は、まさに、地下鉄の駅舎建設用地に充てるため、優先的に譲渡されたものであることが一応明らかである。

(は)  しかして、文書の方式竝ひにその趣旨により、原本の存在とその成立を認めうる甲第二十八号証及び証人清水雄吉の証言(第一回)によれば、地下鉄道路線の敷設や駅舎設置については、保安上の見地から、路線のえがく曲線(カーブ)について、制限があり、また、地下鉄新宿駅は、単に、国鉄新宿駅東口と連絡を図るだけでなく、国鉄新宿駅西口及び小田急線、京王線の各新宿駅とも連絡を図つて、新宿西口の交通混乱をも打開する必要があるため、四谷駅方面から進行してきた地下鉄道路線は、これをそのまま直進させ(たとえば、百貨店伊勢丹附近で迂回させたり、または、新宿二幸前から国鉄新宿駅東口に曲げて進めたりしないで、)、本件土地を通過させ、新宿西口に跨つて、駅舎を建設する必要のあることが一応認められる。

(に)  債務者等は、本件土地の周辺に、他に適当な土地が存在するから、本件土地を通過するよう地下鉄道路線を敷設する必要はないと主張するけれども、その主張のような代替地の存在について、これを疏明するに足りる証拠資料がないから、右主張は、採用するに、よしない。また債権者が、債務者等主張のように、本件土地を所有するということのみによつて、ここに地下鉄道を建設しようとしているものでないことは、前説示のとおりである。

(二)  地下鉄建設工事のため、本件建物を収去して、本件土地を使用する必要の有無、

(い)  成立に争いのない甲第三十五、第三十六号証の各一、証人清水雄吉の証言(第一回)によりその成立を認めうる甲第三十五号証の二、三第三十六号証の二及び証人清水雄吉の証言(第一回)によれば、債権者は、本件土地から国鉄新宿駅東口附近にわたり、地下一階を連絡通路とし、地下二階を地下鉄新宿駅停車場とする施設を建設することになつていること、このうち、本件土地の中央部から国鉄新宿駅東口附近にかけて、約九十五米の区間は、国鉄に委託して、工事を施行するのであるが、右区間は、八カ所のポイントを含む国鉄重要斡線下の部分であり、その工事は、国鉄においても、いまだかつて経験したことがないほどの大工事であり、工事のため、少しでも地盤が沈下すると、ポイントに狂いを生じ、脱線事故をひき起すおそれがあるため、国鉄は、その技術陣を総動員し、一年以上の調査期間と莫大な研究費を費し、慎重な調査研究ののち、ようやく後述するような工法を決定したこと及び前述の約九十五米の区間の工事は、その工法や作業時間の都合、所要資材搬入の便宜等の点から、その全部を東口側から施行することが不可能で、東側貨車線下の約三十四米の部分と西側電車線下の約六十一米の部分に区分して、施行せざるを得ないことが、それぞれ、一応認められる。

(ろ)  証人清水雄吉の証言(第一回)により、その成立を認めうる甲第四十六、第四十七号証及び証人清水雄吉の証言(第一回)によれば、前述の西側約六十一米の部分は、線路を仮受し、他方、地表下約八米にして湧水をみるので、ウエルポイント工法(地下水位低下工法)により、工事区域内の地下水位を低下させ、地盤の安定をはかりながら、幅二米、深さ十三米のトレンチ(溝)を東西に約四十八米、(東側約三十四米の部分の工事においては、この東西の長さだけが、異なり、他は、全く同じである。)南北に約二十米ずつ掘つて、全体がほぼ矩形となるように、トレンチを、線路下に跨つて掘削し、東西に走る両トレンチの下方から、遂次、地下鉄の側壁に該当する鉄筋コンクリートを打ち上げ、これと並行して、東と西の側壁の中間に、深さ十六米、直経二米の井戸を五米から七米間隔に掘つて、その中に鉄柱を建て、石鉄柱と東西の側壁の三個所を支点として、各線路の両側に主桁を架設し、右主桁により、線路荷重を完全に支持したうえ、側壁内部の掘削にとりかかり、地下鉄の施設の建設に着手すること、揚水ポンプは、その能力の点から、地表下約七米と約十一米の個所に、二段に設置する必要のあることが一応明らかである。

(は)  当裁判所において、真正に成立したと認める甲第三十九号証、前掲甲第四十六号証及び証人清水雄吉の証言(第一、二回)によれば、(イ)本件土地(具体的には、本件(二十三)から(二十七)の各建物の敷地の一部)にも、トレンチを掘削して、前述の西側約六十一米の部分に設けるべき他の全トレンチの掘削につき、掘進の起点としなければならないこと、また、本件土地(具体的には、本件(十八)から(二十)、(二十三)から(二十五)の各建物の敷地の辺)には、ウエルポイント用ポンプを設置しなければならないこと、しかして、これらのトレンチ掘削、ウエルポイント用ポンプ設置のため、本件土地につき、最少限度百五十平方米の部分は、地表から掘削する必要があること。(ロ)また、本件土地は、西側約六十一米の部分の工事の基地として、ここに、受電設備、起重機、長さ約十五米重さ約一屯の長尺の鉄杭の杭打機(巾四米、長さ六米、高さ十五米)、土砂巻揚機(巾三米、長さ四米、高さ五、五米)等を設置したり、所要資材の置場として使用する必要があること。(ハ)さらに、本件土地は、所要資材(線路荷重を受ける主桁だけでも、一本の長さ二十二米、重さ約四屯あり、二分してこれを搬入するのであるが、本件土地に建物があつては、搬入することさえできない。)の搬入の通路、掘削した土砂の搬出の通路として使用する必要のあることが一応明らかである。

(に)  前掲甲第三十九号証及び証人清水雄吉の証言(第一、二回)によれば、本件土地の直下には、地下一階を、前記のとおり連絡通路とするほか、乗降口、出札所とし、また地下二階を駅の乗降場とするほか、信号室、信号設備等を備える構造物を建設するのであるが、右地下構造物上の土被が、四・三米程度しかないうえ、前記のとおり、非常に軟弱な地盤であるため、右地下構造物の建設に、いわゆるトンネル掘工法(隧道式または潜行式工法)を採用することは、全く不可能であり、どうしても、地表上から掘削する切り開き式工法によらなければならないことが一応明らかである。

(ほ)  前掲(は)の(イ)から(ハ)及び(に)のいずれの点からするも、地下鉄建設工事のため、本件建物を収去して、本件土地を使用する必要のあることが一応明らかであるといわざるをえないのであるが、債務者等は、トンネル掘工法により、現状のとおり、本件建物を存置したまま、債権者の所期する地下鉄建設工事を施行することが可能であると主張する。

しかしながら、債務者等が提唱する潜行工法による具体的な工事方法、(その具体的内容は、乙第十二号証の一から九及び証人真鍋好文の証言のとおり)は、証人清水雄吉の証言(第二回)及び同証言によりその成立を認めうる甲第五十九号証の一から三によれば、その基礎となつた地質の認識の点において、すでに、誤のあることが明らかであり、前掲甲第五十九号証の一、二、証人清水雄吉の証言(第二回)によりその成立を認めうる甲第百十七、第百十八号証及び証人清水雄吉の証言(第二回)によれば、右債務者等の提唱する具体的工事方法によるときは、法面崩壊のおそれのあることが、一応明らかである。したがつて、この一事をもつてしても、すでに、債務者等の主張する工事設計によることは、危惧の念なしとしない。

しかして、この危惧の念は、右工事設計を、当裁判所において真正に成立したと認める乙第十七号証の一から三にいうように、修正するにしても、なお、これを払拭し去ることができず、前掲乙第十七号証の一から三にいうように、安全にその工事を実施しうるものとは認め難い。

債権者が、かつて、西巣鴨の米軍クラブハウスの個所において、潜行工法による工事を実施しえたことは、証人真鍋好文の証言によりその成立を認めうる乙第十三号証の一、二及び証人清水雄吉の証言(第二回)によつて、一応明らかであるが、前掲甲第五十九号証の一から五によれば、前記の個所における工事に比較し、本件土地における工事は、工事の規模その他の施工条件を著しく異にしていることが、一応明らかであるから、前記の個所における経験から、直ちに、本件土地においても、右潜行工法が可能であると結論することは、とうてい許されない。(前顕甲第百十七号証及び証人清水雄吉の証言(第二回)によれば、前述の個所においてすら、法面崩壊の事故を起していることが明らかである。)

他には、債務者等の主張を支持するに足りる証拠がない。

(三)  本件建物収去、土地明渡を緊急に必要とする事情について

(い)  前掲甲第三十一号証によれば、東京における高速度交通機関の整備は、すでに、大正時代の末頃から、要請されていたことが、一応明らかであり、前掲甲第二十八号証によれば、東京及びその周辺における人口は、戦後、各地方からのおびただしい流入によつて、急激な増加を示し、昭和三十年十月には、約千三百万人に達して、戦前の水準を上廻り、将来、なお膨脹を続けることが予想されること、しかも、これらの多くは、就業、就学のため流入したものであり、それが都心への通勤、通学者の増加となつて現われていること、加うるに、戦災が都心部において顕著であつたこと等の要因により、戦後は、郊外、近郊都市に人口が移動し、旧十五区の人口は、著しい減少を示し、都心の膨脹とあいまつて、通勤、通学者の乗車距離を延伸させていることが、それぞれ、一応明らかである。それがため、東京及びその周辺における各交通機関が、混雑その極に達していること、とくに、朝夕の通勤時における混雑に至つては、実に名状すべからざるものがあることは、当裁判所に顕著な事実である。前掲甲第二十八号証及び証人牛島辰弥の証言によれば、かかる現状に対処し、東京及びその周辺における現在及び将来の交通需要を、最も合理的に充足するためには、各種交通機関の個別的な輸送力を増強するにとどまらず、さらに進んで、各種交通機関を綜合して、有機的な交通網を形成することが肝要であること、しかして、国鉄及び路面電車の輸送力は、すでに、限界点に達しているため、都市輸送力の根幹として、地下高速度鉄道網を整備拡充し、郊外の住宅地と都心を結んで、大量輸送を可能ならなしめることが、最大の急務とされていることが、いずれも一応明らかである。

(ろ)  しかして、東京の主要な郊外住宅地から都内に入る十一本の郊外電車は、いずれも、国電山手線を終点とし、しかも、これらの多くは、主として、新宿(小田急線、京王線、西武新宿線)、池袋(東武東上線、西武池袋線)、渋谷(東横線、京王帝都線、玉川線)に集中していること、しかして、山手線内側の高速鉄道としては、国電中央線と渋谷浅草間の地下鉄道があるにすぎなかつたことは、いずれも、公知の事実である。当裁判所においてその成立を認めうる甲第四十一号証によれば、そのため、債権者は、昭和二十六年四月、まず、第四号線のうち、池袋西銀座間の工事に着手し、昭和三十二年十二月、右区間の完全開通をみたことが、一応明らかである。

(は)  次に、新宿から都心に入る高速鉄道として、国電中央線があるものの、戦後、沿線の人口が激増したため、その輸送力が限界を超えるに至つたこと、そのうえ、新宿附近そのものが、戦後、急激に発展したため、新宿における交通の混雑が、その極に達していることは、当裁判所に顕著な事実であり、当裁判所において真正に成立したと認める甲第三十四号証によれば、新宿における各種交通機関の乗降客の総数は、一日約百三十六万人に及び、とくに、新宿西口の乗降客は、そのうち実に、約九十五万人を占め、将来なお増加する傾向のあることが一応明らかである。前掲甲第二十八号証及び証人牛島辰弥の証言によれば、そのため、混在開通している地下鉄を延長して、西銀座から新宿西口に至る地下高速鉄道を建設し、これら多数の乗客について、都心との間の輸送をはかることが、最大の緊急事とされていることを、一応認めることができる。

(に)  前掲甲第二十八号証及び証人牛島原弥の証言を綜合すると、債権者は、右のような事情により、前記の西銀座からの延伸工事の準備を整え、すでに、昭和三十一年八月には、その一部について工事に着手したこと、しかして、本件土地を含む霞カ関から新宿西口青梅街道口に至る区間について、都市交通審議会の決定竝びにこれに基く行政指導により、昭和三十一年五月十七日以降数回にわたつて、分割工事施行の認可を申請したところ、認可条件である竣功期限は、いずれも、昭和三十四年十二月十一日と指定され、これらの工事は、一斉に、右期限までに竣功すべく要請されていること、その理由は、新宿駅、とくに、新宿西口における逼迫した交通需要がもはや、これ以上容認しえない事情に追い込まれているためであり、また、分割開通によつては、新宿西口における逼迫した交通需要を充足するという目的が、達成できないためであることを、それぞれ、一応認めることができる。

(ほ)  証人清水雄吉の証言(第一回)によりその成立を認めうる甲第五十二号証及び証人清水雄吉の証言(第一回)によれば、債権者は、霞ケ関から新宿西口に至る区間について、前記の竣功期限までに工事を完成すべく、債務者等の不法占拠のため着工できない部分を除いては、すでに工事に着手し、本件土地の部分についても、おそくとも、その会計年度内には工事を完成すべく計画を進めていること、しかして、国鉄新宿駅線路下の部分は、前記のとおり、国鉄においても、いまだかつて例がないほど、至難な大工事であり、国鉄の技術陣を総動員し、考えうる最善の方途を尽しても、なお西側約六十一米の部分は、当初、昭和三十二年十月準備に着手して始めて、右年度内に完成する予定であつたところ、すでに施行中の東側約三十四米の部分の工事の経験に照らし、相当遅れの取り戻しが期待でき、おそくとも昭和三十三年五月中に工事を開始することができれば、当初の予定どおり完成する見込みであること、しかして、前記の工事は、工事区域が狭く、また、熟練を要する極めて精密な工事であるため、稼動人員の増加により、工事期間の短縮を図ることができないので、緊急に工事に着手する必要のあることが、それぞれ、一応明らかである。

(四)  本件土地関係の工事が、予定どおり完成できない場合の損害について

(へ) 前掲甲第二十八号証、当裁判所においてその成立を認めうる甲第三十七号証及び証人牛島辰弥の証言によれば、債権者は、東京都市計画高速鉄道網の建設の免許権を有すると同時に、前説示のとおり、これが建設をしなければならない公共的使命を帯びていること、債権者に対する出資は、法律上、国鉄と東京都に限られ、その建設資金は、主として、政府の資金運用部資金からの融資と債権者の発行する交通債券(払込資本金額の十倍まで、発行が許されている。)に依存していること、しかして、前記の竣功期限は、交通需要、工事能力等を勘案し、主務大臣において決定するところであるが、これに対応する所要資金の確保についても、政府は、資金運用部資金から融資を図り、また、国鉄及び東京都に対し、出資の増額を勧め、もつて、交通債券の増発に寄与する等の措置を講じていることが一応明らかである。

(ろ) 前掲甲第三十七号証、当裁判所においてその成立を認めうる甲第三十八号証及び証人牛島辰弥の証言によれば、債権者は、前記のとおり、債務者等の不法占拠のため、工事に着手できない部分を除き、すでに、一斉に工事施行中であり、これらの部分は、所定の竣功期限内に完成できる見通しが、確実となつていること、しかし、本件土地及びこれに接続する国鉄新宿駅構内線路下の西側約六十一米の部分については、その工事に最も必要な本件土地が、債務者等に占拠されているため、全然着工することができない状況にあること、しかして、本件土地を含め、前述の部分の工事が、昭和三十五年三月末までに完成することが不可能となれば、債権者の役員の解任、あるいは、免許の取消等の制裁規定の発動は、しばらく別としても、債権者の建設資金が、その大半を、政府の資金運用部資金からの融資に仰いでいる関係上、主務大臣において、前述のとおり竣功期限を定めるについては、昭和三十二年度、同三十三年度分はもちろん、昭和三十四年度分についても、その予算措置の見通しを立てたうえ、これを決定したものであるため、政府の将来の予算措置に著しい障害を与えること、債権者の建設資金は、そのほか、国鉄及び東京都の出資に依存しているため、これらの予算措置にも、著しい障害を与え、ひいては、交通債券の増発すらできなくなり、建設資金の調達に重大な支障をきたし、将来の地下鉄道の建設は、その資金の面から停頓し、債権者の負う公共的使命を空しくするおそれのあることが、いずれも、一応明らかである。

(は) しかして、証人清水雄吉の証言(第一回)によりその成立を認めうる甲第三十五号証の四、当裁判所において真正に成立したものと認める甲第四十、第四十一号証及び証人清水雄吉(第一、二回)、牛島辰弥の各証言を綜合すれば、本件土地及びこれに接続する約六十一米の部分の工事が、予定の期限までに完成できないとすれば、同所における地下鉄道の機能が失われるのはもちろんであるが、機能障害は、それだけに止まらないこと、すなわち、本件土地の西方に接続し、青梅街道口に至る約二百十米の区間には、起終点として必要な折返線、車両留置線、中二階には、変電所(隣接する四谷変電所との間隔は、二・一二粁であり、地下鉄道における変電所の設置を必要とする間隔に該当する。)電気室その他の重要な施設を設け、これらの施設が完成することによつて始めて、西銀座から新宿に至る地下鉄が、完全にその機能を発揮することになつているため、前記の重要施設が完成しても、中途で連絡がたち切れた場合は、その機能を、全然発揮することができないため、西銀座から新宿に至る地下鉄の機能が、著しく減殺されること、したがつて、仮に、新宿西口の部分を除外し、東口までの分割開通の許可が与えられるとしても、新宿西口における膨大な乗降客の利便が奪われるのはもとより、前記の変電所の関係だけからしても、新宿東口までの地下鉄の運行すら、極めて、制限されたものとならざるをえないことが、いずれも、一応明らかである。

(に) かくては、前掲甲第二十八号証及び証人牛島辰弥の証言によつても、明らかなように、新宿、とくに、西口における逼迫した交通需要に鑑み、朝野をあげて待望する西銀座新宿間の地下鉄道の完成は、債務者等の不法占拠のため阻まれ、新宿における交通混乱の打開、都心との間の輸送力の強化は、ついに、達成することができず、これによつて受くべき大衆の利便は奪われ、経済的には、折角百数十億円の巨費を投じながら、その効用が著しく害われる結果となる。しかして、前掲各証拠によつて、これまた一応明らかなように、仮に、債権者が引続き建設する予定になつている新宿青梅街道口から鍋屋横丁附近に至る第四号線の本線(昭和三十四年一月着工、同三十五年三月完成予定)竝びに中野区本町通三丁目から方南町に至る分岐線(昭和三十四年四月着工、同三十五年九月完成予定、以上の総工費八十数億円)が、予定どおり、完成できたとしても、債務者等の不法占拠によつて、都心との間に直通運転をすることができない等、種々の障害をもたらし、大衆の利便は、これまた著しく阻害される結果を生ずる。

(五)  債務者等の蒙る損害について

証人遠藤喜重、中山孝吉、山崎光雄の各証言及び債務者殿生文男(第一、二回)、今井英二各本人尋問の結果を綜合すれば、債務者等が、従前の建物を安田朝信から借り受けて居住し始めた当時、本件土地一帯は、戦災のため、焼野原のごとき状態で、人家は、極めて少なく、他方、とくに治安が乱れ、暴力が横行していたこと、債務者等は、文字どおり、生命の危険すらおかし、附近の商店と一致協力して、これを排除しながら、営業を続けなければならなかつたこと、しかして、あらゆる面において、並々ならぬ苦労を重ねた結果、極めて粗末な仮設建築物にすぎなかつた従前の建物も、次第に、本件建物のような店舗に改築することができ(本件建物のうち、一部は、火災によつて、改築を余儀なくされたものであるが、)、東京都においても屈指の交通の要地という絶好の条件にめぐまれて、現在のような新宿西口商店街(店舗総数約三百五十軒)を築き上げることができ、東京都下有数の一団化した商店街となつたこと、土地の時価も、当初、坪当り五百円程度にすぎなかつたが、現在は、二百万円ともいわれ、なお上昇の傾向にあること、証人遠藤喜重の証言及び債務者田中幸次郎、山下重之各本人尋問の結果を綜合すれば、本件土地は、新宿西口に位し、かつ、一団化した商店街にあるため、いかなる業種にとつても、膨大な数に上る顧客があり、他に類例がないほどの立地条件をそなえていることが一応明らかである。

(い)  しかして、別紙一覧表(三)記載の債務者等は、本件建物において、債権者主張のような営業を営み、同表記載のような多額の売上と在庫品をもち、また、別紙一覧表(四)に記載した債務者等は、同表記載のような賃料収益をあげていることが一応明らかである。もし本件建物を収去して、本件土地の明渡をしなければならないとすれば、建物所有者たる債務者において本件建物を失うほか、債務者等において、前記のとおりの営業収益または賃料収益を失い、また、在庫商品につき、著しい損害を蒙ることが明らかであり、さらに、別紙一覧表(五)、(は)記載の自然人たる債務者については、住居竝びに営業の双方を、法人たる債務者については、営業所、工場等を、他に有するという疏明がなく、同表(ろ)記載の債務者は、他に住居を有するものの、他に営業を営んでいるという疏明がない。しかして、本件建物収去、土地明渡による影響が、程度の差こそあれ、いずれもひとしく、別紙一覧表(三)記載の従業員に及ぶであろうことは、推測に難くないところである。

(ろ)  債務者等は、本件建物が収去されるとすれば、建物所有者たる債務者は、建物所有権を失うことにより、建物占有者たる債務者は、営業権を失うことにより、本件建物のうち、表通りに面した(一)から(七)の建物及び中通りに面した(八)竝びに(十四)の建物については、いずれも坪当り三百万円の、中通りに面した(九)から(十三)及び(十五)から(二十二)の建物については、いずれも坪当り二百五十万円の、裏通りに面した(二十三)から(二十七)の建物については、いずれも坪当り二百万円の割合による損害を、それぞれ蒙ると主張し、債務者等の提出援用する証拠資料は、いずれも、これを肯定している。しかしながら、債務者の主張する右損害額は、いずれも、本件建物について、所有者に対抗できる本件土地賃借権の裏づけがあることを前提とするものであり(このことは弁論の全趣旨に照らし、疑いをいれない。)そのような前提が理由のないものであることは、すでに説示したとおりであるから、右損害の主張は、空しい論議というのほかなく、採用することができない。

(六)  債務者等のその他の主張に対する判断

(い)  債務者等は、本件土地は、すでに前述したような現状であるから、地下鉄建設用地としての適格性を喪失したと主張し、これをもつて、本件土地の明渡を拒否する根拠の一つとしている。しかし、債務者等の本件土地の占有が、なんら正当な権限に基くものでない以上、このような理由で(仮にそのような事実があるとしても、)、その明渡を拒否することは、とうてい許されないことである。

(ろ)  債務者等は、前記のような緊急事態(第二、(三))は、債権者がみずから招いたものであるから、これを債務者等に転嫁する本件仮処分は、これを求めることができないと主張する。債権者において、長期にわたり、本件土地を放置していたことは、まさに債務者等主張のとおりであるが、前記の事態は債権者だけがみずから招いたと認むべき疏明はなく、また、債務者等がこれを非難することは、いささか筋違いといわざるをえない。すなわち、

(イ) 債務者等が、なんら権限がないのに、本件土地に拠つて、多額の利益を収めえたのは、まさに、債権者のかかる態度に負うものである。

(ロ) 債務者等において、本件土地の賃借権を主張するにつき、多少でも有利な証拠があり、果して不法占拠であるかどうかについて多少でも疑わしい点があるのであればともかく、不法占拠が極めて明白なことは、前説示のとおりである以上、本案訴訟による確定をまつて始めて、明け渡すべきことを主張するのは、引きのばし策以外のなにものでもない。

(ハ) また、土地明渡の準備期間に不足があるのであればともかく、本案訴訟が提起されてからでも、すでに一年有余を経過しているのであるから、((41)から(47)の各債務者以外の者に対してであるが、この点は、当事者間に争いがない。またその提起のないものについても、こうした事実は、その頃、これを知りうる情勢にあること、弁論の全趣旨に照らし、明らかである。)いま準備期間の不足を述べる余地はない筈である。

(ニ) 一部の者にすぎないけれども、債務者等のうちに、明渡の要求を受けた場合には、即時、無償で、これに応ずべきことを、安田朝信に対し、文書をもつて誓約しているものがあるにおいておやである。(安田朝信との間においてすら、一時賃貸借の約定にすぎないことは、すでに、一言言及したとおりである。)

(は)  また、債務者等は、主務大臣が、前述のような竣功期限を定めたのは、実情に合わない違法の処分であると主張するけれども、債務者等の占拠が明白に不法なものである以上、右主張にも、理由がない。債務者等は、竣功期限の延長を求めないのは、債権者に怠慢の責があると主張するけれども、竣功期限が前記のとおりにして定められる以上(第二、(二))、これを遵守すべく努力するのが、むしろ、当然であり、たやすく期限の伸張を求めることこそ、その大きい公共的使命に忠実ならざるものというべきであろう。債務者等の右主張にももとより理由がない。

(附) 仮処分のてい触について

なお、債務者等は、さきに債権者の申請により、本件建物につき、債務者等を相手方として、いわゆる通常の占有移転禁止の仮処分決定があり、現在その執行中であるから、本件仮処分の申請は、右決定とてい触し、不適法であると主張する。

しかしながら、本件建物について債務者等主張のような仮処分が現に執行されていることは、本件申請にかかる内容の仮処分の執行の妨とはなりえても、もとよりその申請そのもの、したがつて、仮処分自体を不適法ならしめるものではないから、債務者等の右主張は採用すべき限りでない。

(むすび)

本件におけるよえな、終局判決と同じ内容で、しかも、建物収去という、事実上原状回復の不可能な仮処分の申請は、その性質上、被保全権利の存在が極めて確実であり、かつ、保全の必要性の点においても、回復し難い著しい損害を避けるため、緊急にして、かつ、やむをえない場合に限り、これを容認すべきものであるところ、いま、本件についてみるに、債務者等の本件土地の占拠が、不法なものであることは、極めて明白であり、しかも債務者等の不法占拠のため、債権者の蒙る損害竝びに一般公衆の蒙る利便の喪失(債権者が、前記のような公法上の法人であることに鑑み、一般公衆に及ぼすべき影響も、本件においては、併せて考慮されなければならない。)は、まことに異常にして、回復し難いものがあり、(もち論債務者側が、本件建物収去によつて、蒙る損害も、前記のとおり、少なからざるものがあり、債務者等のうちには、住居と営業の場を、二つながらともに失うに至るものさえあるが、債権者竝びに一般公衆の蒙る損害の前には、その受忍もまたやむをえずといわざるをえない。)これを避けるため、本件建物を収去して、本件土地を債権者に明け渡すことが、唯一の方法にして、かつ、緊急に要請されるものであることも、前(第二の(二)から(四))に詳述したとおりである。

以上のとおりであつて、建物占有者たる債務者に対しては、本件建物から退去して、建物所有者たる債務者に対しては、本件建物を収去して、いずれも本件土地の明渡をなすべきことを求める債権者の本件仮処分申請には、理由があり、これを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十五条本文、第八十九条、第九十三条第一項但書の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 片桐英才 宮田静江)

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